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歴史(日本)5

_ 武田信玄(1521〜1573)

ここでは、武田信玄に関わる事柄をいくつか紹介したいと思います。 

 

_ 「風林火山」

其疾如風――――疾きこと風の如く

其徐如林――徐かなること林の如く

侵掠如火――侵掠すること火の如く

不動如山――動かざること山の如し

 

あまりにも有名なこの言葉、戦国の武将武田信玄が兵法の理想として『孫子』から引用した言葉は、没して400年余が経った今でも武田信玄のシンボルとなっています。

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_ 「川中島の戦い」

戦国大名の両雄、上杉謙信と武田信玄が激突した川中島の戦いは、1553年(天文22年)を皮切りに1555年(弘治元年)、同3年、1561年(永禄4年)、同7年と計5回行われています。

この戦いに明確な勝敗はつかず、今でもどちらが勝者か議論が分かれています。

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_ 「敵に塩を送る」

1567年(永禄10年)武田信玄は13年間に及ぶ今川氏(駿河国/現静岡県)との同盟を破棄、東海方面への進出を企てます。領内に入られた今川氏真は、縁戚関係にあった北条氏康(相模国/現神奈川県)の協力を仰ぎ、武田領内への「塩留め」(経済封鎖)を行います。武田の領地は甲斐(山梨県)・信濃(長野県)にあり、海に面していないため「塩」を取ることが出来ず領民は苦しみました。この領民の苦しみを見過ごすことが出来なかったのが、信玄の好敵手「上杉謙信」でした。

越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄。この両雄はこれまで何度も合戦を繰り返し、敵対していた間柄。しかし、「義」を重んじる上杉謙信は、武田領民の苦しみを見過ごすことができず、越後から信濃へ「塩を送る」ことを決意。また、越後と甲斐で取引される塩が、高価にならないようにしたといいます。

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武田信玄は他にも様々なエピソードを残しています。ここを見て少しでも興味を持った人は、自分でも調べてみてはいかがでしょうか。きっと面白い発見がたくさんあるはず!

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Last-modified: Thu, 21 Jul 2005 14:07:26 JST (5610d)