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歴史(日本)3

_ 徳川家康 (1542−1616)

≪家康の人生≫

家康は三河国岡崎で生まれ、6歳の時今川の人質になるところを織田にさらわれ織田の人質となります。また8歳からは今川の人質になる等、辛い幼少時代を過ごしました。このため桶狭間の戦いには今川方として参加し、信長と戦っています。信長と和解後は三河の平定に着手し、家康23歳の時三河の統一が完成しました。その後は信長と共に戦った姉川の合戦長篠の合戦、敗れはしたものの三方ヶ原の合戦などに出陣し、次第にその地位を固めて行きます。信長の死後は秀吉の下で五大老となり、秀吉が死んだのちには関が原の合戦で石田三成ら率いる西軍に大勝、征夷大将軍に任じられ江戸幕府をひらきました。家康62歳のことです。2年後に秀忠に将軍職を譲ったのちも、大阪夏の陣・冬の陣で豊臣の残党を滅ぼす等、江戸幕府の基礎を作った家康は、1616年75歳でなくなりました。

遺訓として次のようなものが残っています。

「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに欲起こらば、困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りを敵と思え。勝つことばかり知って、負けることを知らざれば、害その身に至る。己を責めて人を責めるな。及ばざるは過ぎたるに勝れり。」

たぬきにも例えられ悪いイメージもある家康ですが、この遺訓には彼の人間性がよく現れいると言えます。

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Last-modified: Wed, 03 Aug 2005 11:25:14 JST (5598d)