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携帯4

電話機がこの世に誕生して100年以上たった今日、電話は私たちの日常生活に欠かせないものになっている。ほんの10年前までは、電話といえば家庭や会社等に据え付けられた据置型の電話機か、街角に設置されている公衆電話のことであった。電話をかけるには、これらの電話機の置いてあるところまで行ってかけるのが普通であった。そんなとき多くの人が「いつでも、どこでも、自由に電話をかけたい。財布のようにいつでも身につけられる持ち運びが出来る電話がほしい。」と夢見ていたのではないだろうか。そんな夢をかなえてくれそうな携帯電話機が日本で初めて多くの人々の前に現れたのは以外に古く、1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会であった。入館者は受付で携帯電話機を借り、会場内のブースから全国に電話することができた。そのときの携帯電話機は長さが21cm、幅6.6cm、重さが600gであった。

 しかし、この携帯電話機は日本万国博覧会が終了すると人々の目から消えてしまった。解決すべき技術的課題があまりにも多く、実用化にはほど遠かった。当時、携帯機で他の人と交信する手段としてトランシーバのような携帯無線通信機器があったが、周波数を同調させるのが難しく、交信距離も至近距離に制限され、音声の品質も悪く、とても電話のように気軽に使えるものではなかったので、業務用や一部のマニアが使用するにとどまっていた。

 日本で移動可能な電話機が初めて実用化されたのは、1979年の自動車電話である。このとき日本電信電話公社(NTTの前身)によりサービスが開始された自動車電話は現在の携帯電話機と同じセルラ方式を採用していた。

 自動車電話はその後、小型化、軽量化されて行き、1987年にNTTが日本で初めて携帯電話のサービスを開始した。次いで1988年に日本移動通信(IDO)が、1989年にはセルラーグループがサービスを開始し、日本での携帯電話事業が本格的にスタートした。当初はアナログ方式で、電話機もレンタル方式、月額料金は2万3千円で、一般の人が気楽に利用することはできなかった。

 その後、電話機の小型化がすすみ、通話料金も徐々に安くなるにつれて加入者数が次第に増えていった。加入者数が増えるにつれて周波数が不足する恐れが生じてきたため、デジタル方式の検討が開始され、1993年にはNTT移動通信網(1992年にNTTより独立)がPDCシステムによるデジタル方式のサービスを開始した。同年携帯電話機の販売が自由化され、デジタルホングループ、ツーカーグループもサービスを開始して、携帯電話機は若者を中心に急速に普及していった。

 1987年にNTTがサービスを開始した当時は750グラムほどあった携帯電話機は、1991年、NTTより230グラムの「ムーバ」(登録商標)が実用化され、1996年秋には大きさが100cc、重さが100グラムを切る「デジタルムーバ」が販売されて小型軽量化は頂点に達したかに見えた。しかし小型化、軽量化はこれで終わらなかった。その後も小型軽量化が進み、現在70グラムを切るものも現れている。


しかし、携帯は今となっては、通話は携帯の機能の一つにすぎず、さまざまな機能を兼ね備えるようになった。携帯電話の小型化に歯止めをかけたのは、この多機能重視によるものといえる。

Last-modified: Mon, 25 Jul 2005 14:24:36 JST (5607d)