Mobile Learning


歴史(世界)10 のバックアップ(No.1)


Mobile Learning

_ 歴史(世界)10

メディチ家とケーキ メディチ家とは、1400年代から1743年までイタリアの都市フィレンツェを支配した一族です。メディチ家はもともとメディコ(薬、医療)に関する商売をしていた一族だったといわれ、メディチ家の紋章の6つの玉も丸薬を表しているというのが通説です。

銀行家として登場し、後に金融業にまで手を広げたこの一族はメディチ銀行を設立しました。また、ハプスブルグ家やフランス王家などと婚姻関係を結び、ローマ教皇も2人輩出しています。・・・すごいですね。

ではそんなメディチ家と、ケーキの関係とは?

誕生日やクリスマスと、お祝い事には欠かせないケーキ。フランスが本家のイメージに思われがちですが、フランス菓子のルーツは、実はイタリアにあるようなのです。1533年、メディチ家の姫君であるカトリーヌ・ド・メディチはフランスに嫁ぎました。当時のフランスはイタリアに比べて文化が少し遅れていて、ものを食べるときには手づかみか、ナイフに突き刺して食べていたらしいです(今の私たちには考えられませんよね)。一方、当時のメディチ家はヨーロッパ随一の大富豪。豊富な資金力をバックに美術やファッション、料理にいたるまで最高を極めさせていたそうです。そんな環境で育った彼女が手で物を食べられようか?・・・私は無理だと思います。そしてそんなカトリーヌ姫がお嫁入り道具として持ち込んだのがフォークなのです。

・・・話を戻します。

イタリアからフランスにお嫁入りしたカトリーヌ姫。彼女についていった料理人たちが、アイスクリームなどいろいろ、これまで見たことがないようなさまざまな料理をフランス宮廷に持ち込みました。それが高度に発展したのがフランス料理でありフランス菓子なのです!フランスで定評のある乳製品を用いることで、最高のデザートたちが出来上がっていったわけです。カトリーヌ姫がフランスに嫁いでいなかったら、ケーキはどうなっていたのでしょう?今ほど発展していなかったかもしれない・・・そう考えるとケーキが大好きな私としてはちょっと・・・。

ルネサンス期には多くの芸術家・学者をバックアップして、ルネサンスを推進させる陰の力となったメディチ家。しかし文化の中心がローマへ移ってゆくにつれフィレンツェも弱体化、かつて繁栄を極めたメディチ家も、歴史の表舞台から消えてゆき、女性当主アンナ・マリア・ルドヴィーガを最後に断絶。メディチ家の莫大な遺産はフィレンツェから持ち出さないことを条件に、トスカーナ公国に寄贈されました。

メディチ家は追放されたりいろいろ大変なことがあったようですが、私たちがデザートとしてよく食べているケーキとつながりがあると思うと、ちょっと嬉しくありません?

ここで、メディチ家について詳しく知ることができます。始めに触れた、メディチ家の紋章も見ることができますよ。

http://members.jcom.home.ne.jp/so-utsu/Firenze3.htm