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文学(日本)4

誰もが知っている『竹取物語』についての考察です。誰もが知っているからこそ知らなかったこと、知ることで新しく解ることがあるのではないでしょうか。



_ 『竹取物語』について

 

_ 1、成立

 詳しい成立年代は不明である。少なくとも『源氏物語』よりは前であるから、9世紀後半から10世紀前半の間に成立したのではないかとされている。

 

_ 2、作者

 作者についても不明である。少なくとも男性であるとされ、一番有力とされているのは紀貫之*1だが、紀長谷雄、源融、僧正遍昭、源隆国、鳥羽僧正、さらには空海*2など様々な説がある。

 

_ 3、概要

・物語、全一巻。

・竹取の翁が竹の中から得たかぐや姫の成長と、五人の貴公子や帝の求婚、姫の月世界への昇天を描く。

・冒頭

 習った人も多いと思います、覚えてますか?

 答えは

冒頭文.png

_ 4、『竹取物語』の意義

 日本最古の仮名物語である。『源氏物語』では「物語の出来はじめの祖(おや)」とされており、その後の物語文学に様々な影響を与えている(『大和物語』『うつほ物語』『源氏物語』など)。その内容には仏教思想、神仙思想を交えつつ当時の貴族風俗やその風刺、恋愛についての描写もあり、当時の様々な要素の坩堝(るつぼ)であると言える。何より、日本人なら誰もが『竹取物語』のあらすじを知っているという事が、この作品がいかに優れているものかを証明しているのではないだろうか。


_ 現代の『竹取物語』

 ここではみなさんに現代人の視点で『竹取物語』を考えてもらいます。

 

 昔は夢と思われたことが、現在では現実となりつつあります。『竹取物語』成立から少なくとも千年は過ぎました。この千年の時間と技術は、かぐや姫の五つの難題をクリアし、天人たちからかぐや姫を守りきるだけの力をもてるようになったのでしょうか。

 

_ 一、『現代人』は五つの難題をクリアできるか?

   

 五つの難題とはかぐや姫が求婚された五人の貴公子たちに手に入れるように示したもので、「仏の御石の鉢」「蓬莱の玉の枝」「火鼠の皮衣」「龍の頸の玉」「燕の子安貝」のことです。現物そのものを手に入れることは不可能ですが、それに類似したものなら現代の科学で作ることができるのではないでしょうか。

 

 一番狙いやすいのは「蓬莱の玉の枝」でしょう。銀の根に金の茎、それに真珠の実がついている枝がそれです。これはお金さえかければ現代人でも製作できるはず。・・・しかし、実はすでに物語中でもこれを持ってくるように頼まれた車持皇子(くらもちのみこ)は金にものを言わせ職人にこれを作らせています。しかもこの枝を見せられたかぐや姫もすっかり信じてしまい、結婚しなければならいと沈んだ気持ちになってしまうのです。ですが「かぐや姫は誰とも結婚しなかったはずでは?」と思った方もいるでしょう、確かにかぐや姫は物語の中では求婚をすべて退けています。車持皇子はどこで失敗したのか?それはかぐや姫の前で枝を作った職人に代金を請求されたためです。(この時、先ほどまであきらめムードだったかぐや姫は晴れ晴れとした気持ちで皇子を「嘘つき」(意訳)と罵っています)。

 

 この事から分かることは、現物ではなくてもかぐや姫に「本物」だと思わせれば結婚はできるという事です。とは言え、同じ手にかかるようなことはしないでしょうから、他の物を考えなければいけません。次に製作が可能と思われるのは「火鼠の皮衣」でしょう。これはこの衣についたどんな汚れも、この衣を燃やすことで綺麗に落ちるというものです。*3なんとなく、科学の力で再現できそうな感じがします。作中では偽物を渡しましたが、実際に火をつけたら燃えてしまったので偽者だと判明します。

 

 他は「仏の御石の鉢」でしょうか。これは釈迦が持っていたとうもので、砕けないうえに光を出しているというものです。*4作中ではやはり真っ黒な偽物の鉢を持って行きますが「光っていない」とかぐや姫に言われ、偽者だと看破されます。記述自体が少ないのですが、割れないことや釈迦が実際に使っていたというよりは「露ほどでも光を発しているはず」という点にポイントがあるようです。

 

 ちなみに残りの「龍の頸の五色の玉」は文字通り竜の首にある五色に光るという玉、「燕の子安貝」はまれに燕の巣の中にあるもので、安産のお守りとしての効果があるようです。これはそれらしいものは作れそうですが、作中では偽物すら手に入れることなく終わっているため、真偽をどう見分けるか不明です。もっとも、かぐや姫が無理難題をふっかけているだけなので、達成しようとする事態が無謀ではあるのですが・・・。

 

 科学に関する知識が乏しいためかなりこじつけなところがありますが、この考察を参考に投票して下さい。

 

『現代人』は五つの難題をクリアできるか?

選択肢 投票
可能だと思う 1  
不可能だと思う 10  

 

『可能だと思った人は一番クリアしやすいと思う難題を選んでください。

選択肢 投票
「蓬莱の玉の枝」 3  
「火鼠の皮衣」 0  
「仏の御石の鉢」 0  
「龍の頸の五色の玉」 0  
「燕の子安貝」 1  

 

いやがる人に無理矢理結婚させようとするのもヒドイ話ですが……

 

_ 二、『現代』でも不死の煙は上り続けているのか?

 

 たとえ五つの難題をクリアしても(やはりできなくても)、かぐや姫は天人であるため、帰らなくてはいけません。とすれば、次は「天人からかぐや姫を守りきることができるのか?」という事を・・・・と言いたいところですが、これは不可能でしょう。現代なら当時の帝より遥かに強力な軍隊と閉じこもる部屋を用意できるのは明らかです。しかし、天人の能力の前では無力でしょう(矢が当たらない、戦意喪失、開かない扉を開ける・・・)。何より、天の羽衣*5を使えば、かぐや姫は簡単に未練を断ち切ってしまいます。ここではさきほどとは逆に、かぐや姫との別れについて解釈したいと思います。

 

 かぐや姫は別れの際に「不死の薬」を置いてゆきます。しかし誰もそれを使おうとはしません。それどころか帝は「天に一番近い山で焼け」と命令します*6。「もはやかぐや姫がいないのに長生きしても仕方ない」。彼らの心は依然としてかぐや姫に囚われています。「翁達は育ての親なのだから当然である」、「それだけ帝はかぐや姫を愛していた」と普通は考えるでしょう。しかし、それだけで終わってしまっては解釈にはなりません。竹取物語が書かれた時代を踏まえ、仏教思想を交えながら考えてみましょう。

 

 世俗から超越する、これは仏教思想の重要な一つであり、この物語を解釈する手がかりでもあります。この思想は作中にもみられます、例えばかぐや姫があらゆる求婚を断るのも一つの例です*7。しかし翁や帝、あるいはかぐや姫以外の登場人物は世俗的な人間として描写されています。翁は求婚を次々と断るかぐや姫に、結婚するように強く勧めます。特に五人の貴公子、帝の求婚には積極的に結婚をすすめます。翁は徳を積んだからこそかぐや姫を養えたのですが*8、やはり世俗の人間でしかないのです。貴公子達は語るまでもないでしょう。帝も同じ事がいえます、象徴的なのは「不死の薬」を焼く場面でしょう。「一番天に近い山」「不死の薬」を焼くというのは、まさに帝の権力者たらんことを示す場面であり、同時にその世俗的な権威にいかに囚われているのかを示してもいるのです。

 

 ではかぐや姫だけが世俗を超越していたのでしょうか?そんな事はありません。たとえ帝の求婚を断っても、かぐや姫は手紙と「不死の薬」を残していきます。また、翁との別れをかぐや姫は悲しみもするのです。だからこそ、天の羽衣を着せられるのです。

 

 「かの奉る薬に、又壺具して御使い給はす。勅使には、月のいはさかと言ふ人を召して、駿河の国にあんなる山の頂に持て着くべき由仰せ給ふ。峰にてすべきやう教へ給ふ。御文薬の壺並べて、火をつけて燃やすべき仰せ給ふ。その由承りて、兵ども数多具して山へ登りけるよりなん、その山をふしの山とは名付けける。その煙、未だ雲の中へ立ち上るとぞ言ひ伝へたる。」

 原文はこうして終わっています。天人であるかぐや姫でさえ、徐々に地上の世俗に染まっていったのです。我々がいかに世俗を超越する事が難しい、あるいは不可能であるという事が、この物語のひとつのキーワードでもあるでしょう。「不死の煙」が延々と天へと上り続けるさまは、超越した世界(浄土、天国、苦しみのない世界)へ永遠にあこがれ続け、求め続ける我々を象徴しているのではないしょうか。

 

『現代』でも天を求めて苦しむのか?

選択肢 投票
それは永遠の真理だと思う 1  
そんなことはない 0  

 

かぐや姫をどう思いますか?*9

選択肢 投票
超越と世俗の境界 1  
最後まで誰も幸福にしなかった悪人 1  
帝の求婚すら断るワガママな人 1  
天の羽衣を着せなければならないほど、他人思いの人 1  

 

その他の解釈を自由に書いて下さい。

 

#aarticle


_ 最後に

 以上、長々と解釈を述べてました。ただし、これが正解というわけでは決してありません。これはあくまで一つの解釈にしか過ぎません。解釈はいらない、というのも立派な読み方の一つだと思います。ここではこれまでの感想を訊きたいと思います。 

 

このページの解釈はどうでしたか?

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今回のような難解な解釈は必要ない 2  
かえって面白くなくなった 1  

 

自由に書いて下さい。

 

#aarticle


参考文献

上坂信男 『竹取物語』 講談社学術文庫 1978年

NHK歴史発見取材班 『NHK 歴史発見〈4〉』 角川書店 1993年

はてなダイアリー http://d.hatena.ne.jp/

 


内容より、作者は外国(中国)の書物にも詳しい知識人であり、当時の貴族政治に深いかかわりのある人物であると分かる。何よりこの時代の仮名といえば、土佐日記の作者を連想するのが普通ではなかろうか。


ただし、漢文で書かれていたという事を前提にするため、可能性はかなり低いとされる。


勘違いされている人が多いが、衣自体が燃えているわけではない。


これで石焼ビビンバをつくろうとしたとかしないとかいうのはまた別のお話。


ふと天の羽衣うち着せ奉りつれば、翁をいとほし悲しと思しつる事も失せぬ。この衣着つる人は、物思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。(原文より)


「駿河の国にあるなる山なん、この都も近く、天も近く侍る」(原文より)。この山が富士山(士に富む山、もしくは不死の山)というのは有名です。


言うまでもなく、帝は最高権力者です。その求婚すら断るというのは、当時ではまったく考えられないことでしょう。五人の貴公子たちも同様です。


いささかなる功徳を、翁作りけるによりて、『汝が助に』とて、片時の程とて(かぐや姫を)下ししを、(原文より)


・・・すごい漢だ


 
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Last-modified: Wed, 24 Jul 2013 09:52:40 JST (2410d)